日本酒の歴史

日本酒の歴史
米を主体として、酒がつくられるようになったのは、縄文時代以後弥生時代にかけて水稲農耕が渡来定着した後で、西日本の九州、近畿での酒づくりが、その起源と考えられます。
この頃は、加熱した穀物を口でよく噛み、唾液の酵素で糖化、野性酵母によって醗酵させるという最も原始的な方法を用いていた。
米麹による醸造法が普及したのは
奈良時代。米、麹、水、で酒を仕込む方法、さらにお燗して飲まれるようになったのは、平安時代だといわれる。
平安末期から鎌倉、室町にかけ、米と同等の経済価値を持った商品として酒が流通するようになる。
醸造体制も
奈良時代の朝廷の酒造組織に変わって寺院、神社が酒をつくるようになり、鎌倉、室町時代には、京都を中心に造り酒屋が隆盛し始めるようになる。
16世紀には、奈良に大量生産の先駆けとなる十石入り仕込み桶が製造され、酒は、寺院酒から地酒の時代へと移行して行き、数々のローカルブレンドが誕生するようになった。江戸時代には、保存性を高める火入れ法や、歩留りをよくすると同時に、香味をととのえ火落ち酸敗の危険を低くする柱焼酎の混和法など、当時のヨーロッパに見当たらない、画期的な処理技術が開発されるようになった。天保年間、酒造用水の水質は、鉄分が少なく有効ミネラルに富んだ水である事が重要だと実証されるようになる。
海運の発達や問屋組織の確立と共に、酒づくりが、地の酒、を超越して巨大な装置産業へと発展していった。
明治時代後半には、速醸法が開発され、化学理論が酒の製造に不可欠の要素として認識される。
昭和初期、堅型精米機の発明、温度管理や微生物の管理が容易なホーロータンクの登場、酵母の採取、分離、純粋培養といった技術が相次ぎ、酒造の近代化、効率化を迎えるのに必要な計器機類は出そろった。
大戦を経て
昭和後期への回帰、地域特性に基づいた酒質形成が各地でおこなわれる下地が芽生え、平成へと進んできた。